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ここに地終わり海始まる
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Rossio Station
リスボン郊外の町、シントラに向かった。
シントラはその起源が西暦3ケタ代に遡る歴史ある町で、山の上には古いムーア人の要塞跡があり、また歴代ポルトガル王の避暑地だったために多くの宮殿が今も残る。また、大西洋に近いため、ユーラシア大陸西端のロカ岬に行く拠点でもある。世界遺産に登録されていて、リスボン近郊では定番の観光スポット。

The Steep Hill Overlooking Sintra
ロッシオ駅から薄暗い郊外電車に揺られて約40分。シントラの駅前は人気がなく店が2~3軒並ぶだけの寂れた場所だ。駅舎の背後には急峻な丘が聳え(まさしく聳えるという表現が適切な傾斜だ)、尾根に沿って万里の長城のようにうねるムーア人の砦が見える。よくあんなに高いところに建造したものだと早速感心してしまう。

町中の観光地を巡回するバスに乗って、最初の目的地ペーナ宮殿に向かう。
九十九折になった森の中の山道が続き、宮殿の入場口からは更にバスに乗って急坂を宮殿まで登っていく。
徒歩で行くのは辛いロケーション。

Pena Palace
宮殿は19世紀前半にポルトガル女王の旦那だったフェルナンド2世が建設した夏の離宮。
ロマン主義建築とされるが、黄色や緋色、紫色が混じった壁の色や、脈絡なく林立する塔や門の様子は控え目に表現しても奇抜で(有体に言えば悪趣味で)、文学や音楽で言うところのロマン主義のイメージとはかけ離れている。異国趣味の色彩が強いがそれに徹し切れておらず、些か中途半端な結果に。
しかも避暑のための離宮と言ってもあまりに人馬を寄せ付けない山上にあり、施主は相当変人であったことが容易に想像される。

Built on a Steep Slope
The Cloister
The Clock Tower

The Entrance and the Dome
Seen from the Moor's Castle
このフェルナンド2世という人は要はポルトガルの女王マリア2世のダンナだったわけだが、当時のポルトガル法では後継者が生まれれば女王の夫も共同で王権を行使できたらしく、一応法的にはポルトガル王だったらしい。なんとなくルートヴィッヒ的な人格を想像してしまうが、特に奇行があったわけでもなく、知的な芸術愛好者だったという。とすると、このなんとも言えない建物は当時のインテリの好みを逸脱しない範囲なのだろうか。

宮殿の内装は外観に比べると平凡で、部屋や家具は割と小ぶり。
山の頂にあるので城壁の上からの眺めはよく、ムーア人の砦や麓にあるシントラの街を見渡すことができる。

§

宮殿を後にしてムーア人の城塞へ。
9世紀頃のイスラム王朝時代の砦で、急斜面にへばりつくように建てられている。城と言っても残されているのは城壁と望楼くらいで、屋根があるような建物は見当たらず、全体の大きさも小規模だ。そのせいか非常に万里の長城を彷彿とさせる(見た目以上に城壁を登るのが大変なあたりも似ている)。眺望は素晴らしく、眼下は一面の平原。

The Moor's Caste
Ditto
Ditto
Ditto

§

下山し、カフェのテラス席でランチを食べる。相変わらずポルトガルはメシが美味。
食後、夜のマドリードへのフライトまであまり時間がなかったのでタクシーでロカ岬に行くことにした。

タクシーは転寝している間にロカ岬に到着。視界が開けて空が広い。
いかにも岬らしい尖った地形で、強風が吹きすさび、風が強いせいで周辺には丈の低い植物しか見当たらない。
崖の遙か下の方にある海面は日差しを受けて眩しく輝き、どこまでも際限なく広がっている。
水平線ではまるで杉本博司の写真のように海が空へとぼんやりと溶け込む。
ここに地終わり、海始まる。

Cape Roca
The Atlantic
The Cliff and the Lighthouse
Cape Roca

ロカ岬は日本ではユーラシア大陸の西端と紹介されている。
しかし、現地ではもちろんここは「ヨーロッパの西端」として認識されている。
ヨーロッパ人の大半にとってユーラシアという概念はなじみがなく、学術的な分類を除いて、誰もアジア・中東・ヨーロッパを一つの陸のまとまりとして捉えていないのだ。だからユーラシアという表現を使うと、ヨーロッパと一緒にに扱って欲しいアジア側の片思いが露骨に表れているようで少し切なくなる。

アジア人がヨーロッパの言葉や文化や歴史をよく学んでいても向こうはこっちを気にも留めていない。
アジアの歴史など殆ど(我々がアフリカ史を勉強した程度にしか)勉強しないし、アジア人がどんな生活をしているのかも知らないし関心もない。関心があったとしても異国趣味かせいぜい好奇心の対象で(あるいはビジネスや投資の場所に過ぎず)、憧れといった感情からは程遠い。まさにこちらは気にしてもあちらは気にも留めていないという片思いの状況そのものだ。

若い頃に旅先としてヨーロッパを避けてきたのは、物価が高い以外にこういった不愉快なポスト・コロニアルな現実にあまり直面したくなかったこともあるし、自分がその西高東低の構図に与するのを拒否していた側面もある。10代の頃に中国からイスタンブールまで大陸を横断した事があるが、沢木耕太郎のようにヨーロッパの西端まで来ようとは微塵も思わなかった。

青年期を過ぎ、漸くそういった狭量さから解放されてからは再びヨーロッパも訪れるようになった。
人生を楽しむためには鷹揚な態度の方が正しいのだろうが、しかし、ふとかつての鬱屈が息を吹き返す瞬間がある。

世界のこちらの果ては、そんな私の小さな感情のささくれなどはお構いなく、ただ美しい場所だった。

§

街に戻ると、すでにシントラ宮殿は閉館。
独特の建物や風景を眺めながら駅まで歩き、リスボンに戻った。
町と宮殿については好みが分かれるところだと思うが、ロカ岬は美しい場所なので必ず行くべきだろう。

The Sintra Palace
Sintra and the Moor's Castle
The Moorish Fountain