また老人たちの隠居先、中米のハブ、全米有数の富裕層が集まる街、コカインのトラフィックを思い浮かべる人もいるだろう。
私は単純にビーチと陽光を求めてここに来たのだが、実際に滞在して過ごしてみるとMiami Beachは予想以上に浮ついた街だった。日中は強烈な日差しと暑さが醸成する物憂げな虚脱感が漂うが、夜になって昼間の熱が引くと、入れ替わるようにして猥雑な期待感が町中に漲りはじめる。
私自身がもう少し若く、一人じゃなかったらこの空気を楽しめたのかもしれない。
しかし結局私はそんな街の喧騒とは無縁に、主に本を読み、ビールを飲み、そして海を眺めて過ごした。
特に観光するでもなく、出掛けるのも億劫なので日本から持ってきた文庫本を1日1冊のペースで読みつつ、疲れたらテラスに出て、下のスーパーで買ったコロナを飲んでタバコを吸った。ある意味正しい一人リゾートの過ごし方だ。毎日16時間働いていた東京での生活とは180度違うが、元来旅先でボーっとするバックパッカーだったこともあり、ごく自然にこの生活が体に浸み込んでいった。
アパートのテラスからの眺めは素晴らしく、照りつける太陽の下眩しく輝く白砂のビーチ、その先のやや緑色がかった紺碧のグラデーションを構成する波打ち際、立ち並ぶパラソルと海水浴客たち、時折遠くを通り過ぎる客船や貨物船、さまざまな表情を見せる空の色はいつまでも見飽きない。
階下にはプールとジムがついていて、時々降りて行って少し泳いで、またビールを飲んだ。
七月のマイアミの空気は茹だるように熱せられていて、テラスから見下ろすプールは眩い陽光に照らされてゼリーのように煌き、とても涼しげだ。
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読書と昼寝の合間に時々街にも出てみた。
アールデコの建物が並ぶOcean Driveは徒歩5分程と近く、よくメシを食いに出掛けた。
南国風のパステルカラーの建物たちはとても可愛らしいのだが、いかんせん歩いている人々が黒人やラティーノのマッチョやタトゥー入りのいかつい系ばかりなので、雰囲気は決して可愛らしくはない。
オーシャン・ドライブの中ほどにベルサーチが住んでいた邸宅がある。
30代以下の日本人(ヤンキー除く)には殆ど縁のないブランドだが、ヴェルサーチ氏はここで暮らし、1997年のある夏の朝、近所のNews Cafeにいつもどおり朝食に出掛けた際にゲイの男娼に路上で射殺された。当然殺されたヴェルサーチ氏もゲイだったのだが、犯行の動機は詳らかにされていない。ヴェルサーチ氏には気の毒だと思うが、とてもマイアミらしいエピソードだ。
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Miami Beach最大の繁華街であるLincoln Road Mallはアパートのすぐ下だったので、何度も足を運んだ。歩行者天国のモールの両側には椰子の街路樹が並び、アールデコ調の店やレストランやカフェが軒を連ねる。いわゆるハイブランドの店は少なく(主に本土側のショッピングモールに入っている)、レストランやカフェもそれほどレベルは高くないのだが、祝祭的な空気が漂っていて歩いていて気分が上がる。
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毎日ビーチを眺めていたのに、外が暑すぎてエアコンの効いた室内が快適すぎたせいか、実際にビーチに行って泳ぐ事はあまりなかった。
海の透明度はそれほどではないが、異常に広くどこまでも続く砂浜と立ち並ぶホテルが壮観だ。ちなみにビーチはドバイとかと同様に人工的に養浜しているらしいが、ここまでだだっ広くする必要はあったのだろうか?
ビーチ沿いには歩行者専用の遊歩道が整備されていて、暑い中ランニングしている老人達やセグウェイに乗った若者たちが通り過ぎる。
この時期のマイアミは雨季の最中で、毎日のように雷鳴とスコールが訪れた。
ひどい時は雨脚が強すぎてベランダから海が見えなくなるほどだった。またある時はSouth Beachの西側にあるデザイナーズホテルのMondrian South Beachに食事に行こうとして突然の雷雨に見舞われた(ちなみに当初Mondrian South Beachに部屋を借りるつもりだったのだが、ビーチに面していないので取りやめたのだった)。